労災で民事訴訟を起こされた場合の対処法とは

2023年02月16日
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労災で民事訴訟を起こされた場合の対処法とは

毎月勤労統計調査のデータによると、奈良県内の事業所(規模5人以上)における2021年の現金給与総額は25万3086円で、前年比4.3%の減少となりました。総実労働時間は121.6時間で、前年比3.7%の減少となっています。

会社が労働時間に対して対価を払うことは当然ですが、従業員が労災(労働災害)によってケガや病気にかかった場合も、会社は損害賠償責任を負う可能性があります。

もし従業員が損害賠償(補償)を求める民事訴訟を提起してきた場合、どのように対処すればよいのでしょうか。会社としては、会社の責任を否定または限定するための主張構成と戦略を組み立てることが大切です。弁護士のサポートを受けながら、状況に合わせて適切に訴訟準備を進めましょう。

今回は、労災について従業員から民事訴訟を起こされた場合における会社側の対応について、ベリーベスト法律事務所 奈良オフィスの弁護士が解説します。

出典:「奈良県の賃金・労働時間及び雇用の動き~令和3年平均~」(奈良県)

1、労災についての紛争解決手続き

従業員から労災に関する損害賠償請求を受けた場合、以下のいずれかの手続きを通じて紛争解決を図ることになります。一般的には、いきなり民事訴訟を提起されることは少なく、示談交渉を経てあっせんや労働審判の申立てが行われるケースが多いです。

  1. (1)示談交渉

    まずは会社と従業員の間で、損害賠償の金額などを話し合う「示談交渉」を行うのが一般的です。

    示談交渉では、会社と従業員が互いに主張を提示し合い、双方が納得できる妥協点を探ります。会社としては、紛争を早期に解決する観点から許容可能と判断すれば、従業員の提案をのんで示談することも考えられるでしょう。

    会社と従業員の間で示談の合意が成立すれば、その内容を記載した示談書を締結します。

  2. (2)都道府県労働局のあっせん

    都道府県労働局では、労使紛争を解決する目的で、紛争調整委員会によるあっせんが行われています。
    参考:「個別労働紛争解決制度(労働相談、助言・指導、あっせん)」(厚生労働省)

    都道府県労働局のあっせん手続きでは、弁護士・大学教授・社会保険労務士など、労働問題の専門家が紛争調整委員として、公平・中立な立場から紛争解決をサポートします。

    紛争調整委員会が提示するあっせん案に労働者側・使用者側の双方が合意すれば、その内容に従って損害賠償の精算等を行います。また、あっせん案の提示を経ることなく、労使双方が話し合って合意をすることも可能です。

    一方、労使による合意に至らない場合には、あっせん手続きは打ち切られ、別の紛争解決方法を模索することになります。

  3. (3)労働審判

    労働審判は、労使紛争を早期に解決する目的で設けられている、裁判所の法的手続きです。
    参考:「労働審判手続」(裁判所)

    労働審判では、裁判官1名と労働審判員2名で構成される労働審判委員会が、公平・中立な立場から紛争解決を試みます。労働審判員は、雇用や労使慣行に関する知識・経験を有する有識者から任命されます。

    労働審判委員会はまず調停を試み、調停成立の見込みがなければ労働審判を行って結論を示します。審理が原則として3回以内に終了するため、迅速に結論を得られるのが労働審判の特徴です。

    ただし、労働審判に対して異議申立てが行われた場合には、自動的に訴訟手続きへ移行します。

  4. (4)民事訴訟

    民事訴訟は、労使紛争を解決するための最後の手段として位置づけられます。当事者は、自身の主張について証拠に基づく厳密な立証を行う必要があるため、慎重な準備が必要です。

    次の項目では、民事訴訟の手続きの流れについて解説します。

2、労災について民事訴訟が提起された場合の手続きの流れ

労災の損害賠償を求める従業員に民事訴訟を提起された場合、大まかに以下の流れで手続きが進行します。

  1. (1)訴訟の提起・訴状の送達

    従業員が民事訴訟を提起する際には、裁判所に訴状を提出します(民事訴訟法第133条第1項)。

    従業員の提出した訴状は、裁判所から会社に送達されます(同法第138条第1項)。その際、第1回口頭弁論期日と答弁書の提出期限も併せて案内があります。

    なお、従業員が訴訟を提起する裁判所は、以下の中から選択できるのが原則です。

    1. (a)会社の本店所在地(同法第4条)
    2. (b)従業員が所属している事務所または営業所の所在地(同法第5条第1項第5号)
    3. (c)従業員の住所地(同法第5条第1項第1号)


    ただし、労働契約(雇用契約)において専属的合意管轄裁判所が定められている場合は、原則としてその裁判所に訴訟を提起する必要があります(同法第11条第1項)。

  2. (2)答弁書の提出

    裁判所の指定する期限までに、会社は従業員の主張に対する反論を記載した答弁書を提出します。

    答弁書には、従業員の主張する事実に対する認否と、会社が主張する事実を具体的に記載します。また、会社の主張を裏付ける証拠があれば、併せて裁判所に提出しましょう。

  3. (3)口頭弁論期日・弁論準備手続

    裁判所の公開法廷において、当事者が主張・立証を行う手続きを「口頭弁論」といいます。

    口頭弁論期日では、事前に提出した訴状・答弁書・準備書面の内容を陳述することになります。期日ごとにこれらの書面を提出し合い、裁判所が徐々に心証を固めていくというのが基本的な流れです。さらに、必要に応じて証人尋問や当事者尋問が行われることもあります。

    口頭弁論期日の合間には、争点整理のための「弁論準備手続」が行われるケースが多いです。労使双方の主張を照らし合わせて、争点となっている部分を明らかにした上で、その部分を中心に口頭弁論における主張・立証を行います。

  4. (4)訴訟上の和解or判決

    裁判所はいつでも、当事者双方に和解を打診することができます(民事訴訟法第89条)。

    裁判所が提示する和解案に双方が同意すれば、裁判上の和解により訴訟は終了します。この場合に作成される和解調書は、確定判決と同一の効力を有します(同法第267条)。

    和解が成立しない場合には、最終的に裁判所は判決を言い渡し、会社に対して損害賠償を命ずるか(認容判決)、または従業員の請求を棄却します(棄却判決)。

  5. (5)判決の確定

    民事訴訟の判決に対しては、控訴・上告による異議申立てが認められています。控訴・上告の期間はいずれも、判決書の送達を受けた日から2週間です(民事訴訟法第285条、第313条)。

    上告審判決が言い渡された場合、または期間内に適法な控訴・上告がなされなかった場合には、判決が確定します。

3、労災について訴えられた会社が準備すべきこと

従業員から労災について民事訴訟を提起された場合、会社は以下の準備を行いましょう。充実した準備を整えるためには、弁護士へのご相談をおすすめします。

  1. (1)反論の主張構成を検討する

    会社が労災の損害賠償責任を免れるためには、従業員の請求根拠を否定するための主張構成を検討しなければなりません。

    従業員による損害賠償請求の根拠は、安全配慮義務違反(労働契約法第5条)または使用者責任(民法第715条第1項)です。それぞれに対して反論するには、以下の主張を行うことが考えられます。

    <安全配慮義務違反に関する反論>
    • 会社として行うべき配慮は十分に行っていた
    • 安全に配慮していたとしても、労災の発生は避けられなかった
    など

    <使用者責任に関する反論>
    • 労災の原因を作った(同僚の)従業員について、選任及び監督上相当の注意を払っていた
    • 会社が相当の注意を払っていたとしても、労災の発生は避けられなかった
    など


    弁護士に相談しながら、証拠に基づき説得力をもって展開できる主張内容を検討しましょう。

  2. (2)許容し得る和解ラインを設定する

    民事訴訟の見通しを検討した際、会社にとって分が悪いと判断した場合には、早期の和解を模索することも有力な選択肢です。

    その場合は、会社として許容し得る和解ラインを設定してから民事訴訟に臨むとよいでしょう。裁判所から和解案を提示された際に、あらかじめ決めた方針に沿ってスムーズに意思決定をすることが可能となります。

    どの程度の和解ラインを設定するかは経営判断事項ですが、法的な見通しを踏まえて決めることが望ましいので、弁護士にご相談ください。

4、労災に関する民事訴訟(損害賠償請求)の消滅時効

労災に関する損害賠償請求権は、以下の期間が経過すると時効消滅します。

<安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権の時効期間><
  1. (a)雇用契約が2020年3月31日までに成立した場合
    労災発生から10年間
  2. (b)雇用契約が2020年4月1日以降に成立した場合
    労災について、会社に責任があることを知った時から5年間(または労災発生から20年間)

<使用者責任に基づく損害賠償請求権の時効期間>
  1. (a)労災が2020年3月31日までに発生した場合
    労災について、会社に責任があることを知った時から3年間(または労災発生から20年間)
  2. (b)労災が2020年4月1日以降に発生した場合
    労災について、会社に責任があることを知った時から5年間(または労災発生から20年間)


主張構成や契約成立・労災発生の時期により、時効期間が異なる点にご注意ください。もし損害賠償請求権の消滅時効が経過している場合には、会社は時効を援用すれば、労災に関する損害賠償責任を免れます。

5、まとめ

従業員に労災に関する民事訴訟を提起された場合、会社としては、損害賠償責任を否定・限定するための主張構成を慎重に検討しなければなりません。和解による早期解決も見据えつつ、状況に合わせて適切に方針を定めましょう。

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