尊厳死宣言公正証書とは? 安らかに死を迎えるための意思表明について
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人口動態総覧のデータによると、令和元年(2019年)中の奈良県内における死亡数は1万4660名で、出生数の8323名を大きく上回りました。
現代の日本では、延命治療の技術が発達しているため、健康状態が極めて悪化した状態でも一定期間生きながらえることができます。
しかし、延命治療は苦痛を伴ううえ、親族などに対しても経済的な負担を強いることになってしまいます。また、延命措置を本意でないとお考えになるケースもあるでしょう。
延命治療を拒否して尊厳死を望む場合には、その旨を“尊厳死宣言公正証書”の形で宣言しておくことが有効です。この記事では、尊厳死宣言公正証書の記載内容や注意点などについて、ベリーベスト法律事務所 奈良オフィスの弁護士が解説します。
1、尊厳死とは?
終末期医療の技術が発展するに伴い、患者本人が望まない延命治療は避けるべきではないかという問題意識が持ち上がるようになりました。
過剰な延命治療の可否は、いわゆる尊厳死の問題として広く理解されています。
まずは、尊厳死とは何かについて、前提知識を備えておきましょう。
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(1)尊厳死の定義
尊厳死は法律上の用語ではなく、どのように定義するかは難しい問題です。
この点、平成20年(2008年)に公表された、日本学術会議・臨床医学委員会終末期医療分科会の報告書の定義が参考になります。本分科会は、殺人罪であるとの司法の糾弾を受けないで患者の最善の医療を追求する方策を虚心に考えることが重要であると考える。したがって、定義の段階では詳細な条件を盛り込まず、尊厳死を「過剰な医療を避け尊厳を持って自然な死を迎えさせること」と定めておき、過剰な医療を中止・不開始した結果起きる死は「自然死」(natural death)と見なし、患者の最善の医療を実現する方策に議論の焦点を絞ることが適当と考えられる。
(引用:「対外報告 終末期医療の在り方について―亜急性型の終末期について―」日本学術会議 臨床医学委員会終末期医療分科会)
上記の報告書では、尊厳死は「過剰な医療を避け尊厳を持って自然な死を迎えさせること」と定義されています。
具体的には、医学的に実施可能である延命治療をあえて中止し、結果的に患者の死期を早めてしまうような行為は認められるか否か、という点が尊厳死問題の焦点です。
尊厳死を認める立場からは、「患者の自己決定権を尊重すべき」という主張がなされています。これに対して、尊厳死を否定する立場からは「延命治療を中止することは、医師としての責務の放棄である」などと主張されています。
どちらの言い分に正当性があるかは、かなり判断が難しいといえるでしょう。
法律上、尊厳死を直接認める規定は存在しませんが、日本尊厳死協会・日本学術会議・日本医師会などが尊厳死を認めるべきとする主張を提示しています。
厚生労働省も、「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」において以下のように記述し、「医療・ケア行為の中止等」(=尊厳死)の可能性を示唆しています。人生の最終段階における医療・ケアについて、医療・ケア行為の開始・不開始、医療・ケア内容の変更、医療・ケア行為の中止等は、医療・ケアチームによって、医学的妥当性と適切性を基に慎重に判断すべきである。
(引用:「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン(厚生労働省))
上記の各動きを受けて、医療実務上は、患者や家族の意思を十分に考慮したうえで、延命治療を中止するケースが発生しています。 -
(2)尊厳死と安楽死の違い
尊厳死は、あくまでも患者に自然な死を迎えさせることを意味しており、致死的な薬剤などを投与することで、人為的に患者の死期を早める安楽死とは区別されています。
安楽死は、日本の刑法上は殺人罪または同意殺人罪の構成要件に該当し、違法性が極めて強く疑われる行為です。
そのため、たとえ患者本人の同意がある場合でも、極めて厳格な要件を満たす場合を除いて安楽死は認められないという見解が、学説・裁判例上の通説的見解となっています。
2、尊厳死宣言公正証書とは?
過剰な延命治療を求めず、自然な死を迎えさせてほしいと考える場合には、あらかじめ、尊厳死宣言公正証書(尊厳死宣言書)を作成しておくとよいでしょう。
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(1)尊厳死を望む意思を表明する公文書|公証役場で作成
尊厳死宣言公正証書とは、本人が尊厳死を望む意思を、公証人が聴き取りのうえで書き起こした公文書です。
公正証書は公証人が作成する公文書であるため、極めて信頼性が高いものとされており、尊厳死を望む意思を確実に外部へ表明するために役立ちます。
尊厳死宣言公正証書は、公証役場で作成することが可能です。 -
(2)尊厳死宣言公正証書の主な記載内容
尊厳死宣言公正証書には、主に以下の内容を明記するのが一般的です。
- 宣言者が過剰な延命治療を望まない旨
- 拒否する具体的な延命治療の内容
- 延命治療を中止する条件
- 医療関係者の免責(後述)
記載ぶりについては、本人の意思を適切に表現するため、弁護士と相談しながら調整するとよいでしょう。
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(3)尊厳死宣言公正証書作成時の必要書類
尊厳死宣言公正証書を公証役場で作成する際には、本人確認のため、以下のいずれかの書類および印鑑を持参する必要があります。
- ① 印鑑登録証明書と実印
- ② 運転免許証と認印
- ③ マイナンバーカードと認印
- ④ 住民基本台帳カードと認印
- ⑤ パスポート、身体障害者手帳または在留カードと認印
なお、代理人の申請による作成の場合には、委任状・本人の印鑑証明書・代理人の本人確認資料(上記①~⑤のいずれか)が必要です。
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(4)尊厳死宣言公正証書作成にかかる費用
尊厳死宣言公正証書を作成する際には、公証役場に手数料を納付する必要があります。公証役場の手数料は1万1000円で、それに加えて謄本作成費用がかかります。
また、弁護士等に作成を依頼する場合には、別途依頼費用が発生します。具体的な費用は依頼先によって異なりますが、おおむね10万円前後が多いです。
3、遺言書は尊厳死の意思表明に向かない|尊厳死宣言公正証書の作成を
尊厳死を希望する意思を表明したい場合には、尊厳死宣言公正証書の作成をお勧めいたします。被相続人となる方の意思を表明する書面としては「遺言書」もありますが、遺言書は以下の理由により、尊厳死の意思表明に向いていないからです。
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(1)遺言書は遺言者死亡時に発効する
そもそも遺言書は、遺言者の死後における財産承継の方法を定めるものであり、遺言者の死亡時に発効します。
尊厳死は、被相続人となる方が生存している間の延命治療に関わる問題なので、死亡によって発効する遺言で宣言を行うことは適切ではありません。 -
(2)親族が生前に遺言の内容を確認することは少ない
遺言書の中で尊厳死を望む旨が宣言されていることを、他の家族・親族が知っていれば、ある程度その意思をくみ取ってくれることもあり得るでしょう。
しかし実際には、家族・親族に無用の混乱を与えないために、遺言の内容は遺言者が亡くなるまで秘密にしておくケースが多いでしょう。その場合、遺言書の内容を前提にした尊厳死の議論はできませんので、遺言者の意思が延命治療の実施に適切に反映されなくなってしまいます。
4、尊厳死宣言公正証書を作成する際の注意点
尊厳死宣言公正証書を作成する場合、本人の意思が医療・ケアの内容にきちんと反映されるように、以下の各点に注意しましょう。
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(1)配偶者や子と連名で作成するのが望ましい
医療機関は、延命治療の可否について、必ずしも本人の尊厳死希望を受け入れるとは限りません。実際には、配偶者や子など家族の意見を聞き、家族が望む場合は延命治療を継続するという取り扱いになることが多いです。
そのため、家族が尊厳死の宣言に賛同してくれるよう、事前によく会話を持っておきましょう。可能であれば、配偶者や子などの近しい家族については、連名で尊厳死宣言公正証書に署名してもらうことも有効です。 -
(2)医療関係者の免責を記載しておくとスムーズ
医療機関が患者の尊厳死希望を受け入れ、延命治療を中止すると、家族から違法性を主張され、損害賠償を請求されるおそれがあります。このようなリスクを懸念して、尊厳死希望を受け入れない医療機関が存在することも事実です。
医療機関側にとっての上記リスクを軽減し、尊厳死希望を受け入れてもらいやすくするには、延命治療の中心について、医師や医療機関の責任を一切問わない旨を、公正証書中に明記しておくとよいでしょう。
5、まとめ
尊厳死の可否は難しい問題ですが、法律・医療の実務上は、過剰な延命治療を中止する判断は広く受け入れられつつあります。尊厳死を希望する場合、公証役場で尊厳死宣言公正証書を作成すれば、信頼性の高い形でその意思を対外的に表明することが可能です。
ベリーベスト法律事務所では、いわゆる終活サポートの一環として、依頼者の身じまいに関する意思を実現するために尽力いたします。尊厳死宣言公正証書作成・遺産相続対策などにご関心をお持ちの方は、ぜひ一度ベリーベスト法律事務所 奈良オフィスにご相談ください。
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