労災にも打ち切りはある? 決定されるケースとその後起こり得ること

2023年03月30日
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労災にも打ち切りはある? 決定されるケースとその後起こり得ること

2021年に奈良県で発生した労働災害は1613件で、前年の1347件から266件の増加となっています。

労災(労働災害)によってケガをした場合、被災労働者は労災保険給付を受給できます。ただし、労災保険給付は永遠に支給されるわけではなく、いつかは打ち切られるので注意が必要です。

今回は、労災保険給付が打ち切られるケースなどをベリーベスト法律事務所 奈良オフィスの弁護士が解説します。

出典:「令和3年 業種別労働災害発生状況」(奈良労働局)

1、労災保険給付はいずれ打ち切られる

業務上の原因により、または通勤中にケガをした労働者は、以下の労災保険給付を受給できます。

(a)療養(補償)給付
労災病院または労災保険指定医療機関において、負傷等の治療を無料で受けられます。それ以外の医療機関における治療は自費となりますが、かかった費用全額の償還を受けることが可能です。

(b)休業(補償)給付
治療やリハビリのため、仕事を休んだ期間の収入が補償されます。

(c)障害(補償)給付
ケガが完治せず後遺症を負った場合に、失われた労働能力に対応する逸失利益が補償されます。

(d)遺族(補償)給付
死亡した被災労働者の遺族に対して支給されます。

(e)葬祭料・葬祭給付
死亡した被災労働者の葬儀費用として、遺族に対して支給されます。

(f)傷病(補償)給付
傷病等級第3級以上の負傷・疾病につき、療養開始から1年6か月が経過した場合に支給されます。

(g)介護(補償)給付
障害等級第1級または第2級相当の精神・神経障害または腹膜部臓器の障害により、要介護となった被災労働者に支給されます。


しかしこれらの労災保険給付は、永遠に支給されるわけではありません。受給要件を満たさなくなった場合は打ち切られるので注意が必要です。

2、労災保険給付が打ち切られるケース

労災保険給付が打ち切られるケースとしては、以下の例が挙げられます。なお、退職によって労災保険給付が打ち切られることはありません。

  • ケガが完治した場合
    療養(補償)給付、休業(補償)給付が打ち切り
  • 医師から治ゆ(症状固定)の診断を受けた場合
    療養(補償)給付、休業(補償)給付が打ち切り
  • 療養開始から1年6か月が経過した場合
    休業(補償)給付が打ち切り
    ※傷病等級第1級~第3級の場合に限る
  • 後遺症の症状が軽減した場合
    障害(補償)給付が打ち切り
  • 受給できる遺族がいなくなった場合
    遺族(補償)給付が打ち切り


  1. (1)ケガが完治した場合

    労災によるケガが完治した場合、それ以上治療を続ける必要も、仕事を休む必要もありません。そのため、療養(補償)給付と休業(補償)給付が打ち切りとなります。

    被災労働者自身の判断で通院やリハビリを継続することはできますが、労災保険給付の対象とはならない点にご注意ください。

  2. (2)医師から治ゆ(症状固定)の診断を受けた場合

    労災によるケガが完治せず、これ以上治療しても症状の改善が見込めなくなった状態を「治ゆ(症状固定)」といいます。

    医師から治ゆの診断を受けた場合、それ以降の治療費や休業損害については、労災との因果関係が否定されます。そのため、療養(補償)給付と休業(補償)給付が打ち切りとなります。

    なお、治ゆの診断を受けた時点で後遺症がある場合、新たに障害(補償)給付を受給可能です。

  3. (3)療養開始から1年6か月が経過した場合

    傷病等級第1級から第3級に該当するケガが1年6か月以上治らない場合は、労働基準監督署長の職権によって休業(補償)給付が打ち切られ、傷病(補償)給付に切り替えられます。

    なお、傷病等級第1級から第3級に該当しないケガについては、療養開始から1年6か月が経過しても、治ゆの診断を受けていない限り、休業(補償)給付を引き続き受給できます

  4. (4)後遺症の症状が軽減した場合

    労災によるケガが完治せず、後遺症を負った場合に受給できる障害(補償)給付は、認定される等級に応じて年金か一時金かが異なります。

    障害等級第1級から第7級の場合は、年金と一時金の両方を受給できます。これに対して、第8級から第14級の場合は一時金のみです。

    当初は障害等級第1級から第7級の認定を受けていたものの、その後に後遺症の症状が軽減して第8級から第14級相当となった場合、障害(補償)給付に係る年金の受給権を失います。

    この場合、障害(補償)給付が打ち切りとなってしまうのでご注意ください。

  5. (5)受給できる遺族がいなくなった場合

    被災労働者が死亡した場合に支給される遺族(補償)給付は、被相続人の死亡当時、その収入によって生計を維持していた遺族のうち、以下の順位に従った最上位者が受給できます。

    • ① 妻、または60歳以上か障害等級第5級以上の身体障害を持つ夫
    • ② 18歳に達する以後の最初の3月31までの間にあるか障害等級第5級以上の身体障害を持つ子
    • ③ 60歳以上か障害等級第5級以上の身体障害を持つ父母
    • ④ 18歳に達する以後の最初の3月31までの間にあるか障害等級第5級以上の身体障害を持つ孫
    • ⑤ 60歳以上か障害等級第5級以上の身体障害を持つ祖父母
    • ⑥ 18歳に達する以後の最初の3月31までの間にあるか障害等級第5級以上の身体障害を持つ兄弟姉妹
    • ⑦ 55歳以上60歳未満の夫
    • ⑧ 55歳以上60歳未満の父母
    • ⑨ 55歳以上60歳未満の祖父母
    • ⑩ 55歳以上60歳未満の兄弟姉妹


    上記の受給要件を満たす遺族が死亡等によっていなくなった場合は、遺族(補償)給付が打ち切られます。

  6. (6)退職によっては打ち切られない

    労災保険給付を受ける権利は、労働者の退職によって変更されることはないとされています(労働者災害補償保険法第12条の5第1項)。

    したがって、受給中に労働者が会社を退職しても、退職を理由に労災保険給付が打ち切られることはありません。

3、打切補償とは?

労働基準法第81条では「打切補償」が定められていますが、これは労災保険給付の打ち切りとは異なるものです。

労働基準法上の「打切補償」とは、労災に遭った労働者の負傷・疾病が療養開始後3年を経過して治らない場合に、使用者が平均賃金の1200日分の金銭を支払って、補償を打ち切ることを意味します。

被災労働者に対しては、使用者は各種の災害補償を行う義務を負います(同法第75条以下)。さらに、被災労働者の休業期間とその後30日間は、使用者は被災労働者を解雇することができません(同法第19条第1項)。

災害補償は労災保険によってカバーされますが、解雇制限は残ります。稼働できない状態の被災労働者をずっと雇用しておくことは、使用者にとって大きな負担です。

使用者が被災労働者に対して打切補償を行うと、被災労働者の解雇制限が解除されます(同項但し書き)。この場合、使用者は特段の事由がない限り、被災労働者を適法に解雇することが可能です(東京高裁平成22年9月16日判決)。

なお、療養開始後3年を経過した日以降に傷病補償年金を受けた場合は、打切補償が行われたものとみなされます(労働者災害補償保険法第19条)。

4、労災に遭ったら会社に対して損害賠償請求

労災に遭った場合は労災保険給付を受給できますが、被災労働者が受けた損害全額を補償するものではありません。精神的損害(慰謝料)は補償対象外であるほか、基準に従って画一的に支給されるため、必ずしも十分な補償が受けられない場合があります。

労災保険給付が十分でない場合は、会社に対して損害賠償を請求しましょう。

  1. (1)会社に対する損害賠償請求の根拠

    会社に対して労災の損害賠償を請求する根拠は、「安全配慮義務違反」と「使用者責任」の2通りです。

    (a)安全配慮義務違反(労働契約法第5条)
    会社が被災労働者に対し、生命・身体等の安全を確保しつつ労働できるようにする配慮を怠った結果として労災が発生した場合、会社は安全配慮義務違反による損害賠償責任を負います。

    (b)使用者責任(民法第715条第1項)
    会社の役員・従業員の故意・過失によって労災が発生した場合、会社は被災労働者に対して、使用者責任に基づく損害賠償責任を負います。
  2. (2)労災の損害賠償請求は弁護士に相談を

    会社に対して労災の損害賠償を請求するには、弁護士へのご相談をお勧めいたします。

    弁護士は、被災労働者の権利回復を図るため、会社に対して適正・十分な損害賠償を求めます。協議・労働審判・訴訟などの手続きを通じて、法律の根拠に基づいた請求を行うことにより、十分な額の損害賠償を得られる可能性が高まります。

    労災の損害賠償請求を、被災労働者やそのご家族だけで行うのは非常に大変です。療養に専念しつつ、ストレスなく損害賠償を獲得するためにも、ぜひ一度弁護士にご相談ください

5、まとめ

労災保険給付は、受給要件を満たさなくなれば打ち切られてしまいます。各給付の受給要件を確認して、いつまで受給できるのかを把握しておきましょう。

労災による被害の回復は、労災保険給付に加えて、会社に対する損害賠償を行うことにより実現されます。ベリーベスト法律事務所にご相談いただければ、被災労働者の権利を回復するため、経験豊富な弁護士が全力でサポートいたします。

仕事中・通勤中に労災に遭ってしまった労働者の方は、ぜひ一度ベリーベスト法律事務所 奈良オフィスにご相談ください。

  • この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています