教師が知っておくべき体罰の種類と法的責任|懲戒との違いも解説
- 暴力事件
- 体罰
- 種類
文部科学省が実施した「体罰の実態把握について(令和2年度)」によると、全国の国公私立学校453校で485件の体罰が確認されています。
奈良県教育委員会が定める懲戒処分の基準に照らすと、公立学校の職員が児童・生徒に体罰を加えた場合は停職・減給・戒告となり、重傷を負わせたり常習的に体罰をおこなっていたりなどの悪質な場合は免職・停職を受けます。
あってはならない行為であるのはもちろんですが、非常に厳しい処分が予定されていることも加えると、自身の日常的な指導が「体罰にあたらないか?」と不安を感じている教育職員の方は少なくないでしょう。本コラムでは、教師が知っておくべき「体罰」の種類や法的な責任について解説します。
1、体罰とは? 児童生徒への懲戒との違い
児童や生徒、その保護者などの間では「体罰」という行為について非常に広く解釈されている傾向があります。ときには厳しい指導があってこその教育であり、身体への接触のすべてを「体罰だ」と指摘されるようでは必要な指導さえも施せません。
まずは「体罰」の定義や「懲戒」との違いを確認しておきましょう。
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(1)「体罰」の定義
体罰とは、教員が児童・生徒への教育の機会において、その身体に対して直接的または間接的に肉体的苦痛を与える行為をいいます。
学校教育法第11条に、児童・生徒・学生に対する「体罰を加えることはできない」と明記しているため、モラルなどの問題ではなく法律上の禁止行為にあたる行為です。
体罰にあたる行為は、次の3種類に分類されます。- 傷害行為
- 危険な暴力行為
- 暴力行為
いずれも肉体的苦痛を伴うもので、たとえ教育の機会であっても許されるものではありません。奈良県教育委員会も、体罰について「重大な人権侵害であり、絶対に許されない行為」と明示しています。
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(2)体罰と「懲戒」の違い
体罰について考える際、問題になるのが「懲戒」との違いです。懲戒とは、教員が児童・生徒に対して、戒めるべき言動の再発を防ぐという教育目的にもとづく行為や制裁を与えることを意味します。
学校教育法第11条は、体罰を禁止しながらも、教育上の必要がある場合の懲戒は可能と明記しているので、懲戒は法律で認められている行為です。
懲戒には、学校教育法施行規則第26条2項に定められている退学・停学・訓告のほかにも、事実行為としての注意・警告・失跡・説諭・訓戒といった形態があります。
これらと体罰を区別するのは「肉体的苦痛の有無」です。
懲戒は、懲戒権にもとづいて法的に、あるいは事実行為としての制裁を与えるものですが、いずれも児童・生徒にとって不利益はあるものの、肉体的な苦痛を伴いません。
これに対し、体罰は暴力や義務のない行為の強要による肉体的苦痛を与えるものであり、教員にその権利は認められていないのはもちろん、教育上の効果も存在しないと考えられています。
2、体罰と判断されるケースと許容されるケース|種類ごとの具体的な例
ここでは、体罰と判断されるケースと体罰にあたらない正当行為として許容されるケースを種類別に例示していきます。
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(1)傷害行為の例
「傷害行為」とは、有形力の行使によって、出血や骨折といった傷害を負わせる行為を指します。行為そのものの肉体的苦痛は問わず、児童・生徒が「ケガをした」という事実が重視される形態です。
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【傷害行為の具体例】
- 授業中に立ち歩いている生徒を注意したが従わないため押し倒したところ、生徒が骨折した
- クラスメートとの接し方について叱責しているなかで頬を平手打ちし、生徒の鼓膜を損傷させた
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(2)危険な暴力行為の例
重大な傷害を負わせるおそれのある暴力行為です。急所や頭部への暴力、棒や固定物などを用いた暴力、格闘技の技などを用いるといった行為が該当します。
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【危険な暴力行為の具体例】
- 反抗的な態度をとった生徒の頭部を、竹刀でたたいた
- 柔道有段者の教員が、注意をきかない生徒に対して柔道技を仕掛けた
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(3)暴力行為の例
傷害にいたらない程度の暴力を指します。また、児童・生徒への直接的な有形力だけでなく、間接的な有形力も広く「暴力」と考えられています。
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【暴力行為の具体例】
- 部活動の試合で負けた生徒に対して「気合を入れる」などと言い、頬を複数回叩いた
- 放課後に居残り学習をさせている児童が便意を訴えたのにトイレに行かせなかった
- 宿題を忘れた児童に正座を命じて、児童が苦痛を訴えたのにそのままの姿勢を続けさせた
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(4)体罰にあたらない行為として許容される例
体罰にあたらない行為として許容されるのは、次の2つのパターンに該当する場合です。
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【体罰にあたらない具体例】
- 懲戒の範囲にあたるもの
・ 放課後に居残りをさせる
・ 授業中に起立を命じる
・ 学習課題や清掃活動などを課す
・ 練習態度が不真面目な生徒を部活動の試合に出場させずに見学させる
など - 正当行為や正当防衛などにあたるもの
・ 教員に向かって暴力をふるってきた生徒を押さえつけて制圧した
・ クラスメートに暴力をふるっていた生徒を力ずくで引き離した
など
- 懲戒の範囲にあたるもの
3、体罰に対して科せられる罪
体罰は、学校教育法によって禁止されているだけでなく、刑法に照らすと犯罪にあたります。どのような罪にあたり、どのような刑罰が科せられるのかを確認しましょう。
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(1)暴行罪
体罰にあたる行為のうち、傷害行為にあたらないものは、刑法第208条の「暴行罪」にあたる可能性があります。
暴行罪は、殴る・蹴るなどの不法な有形力を行使したものの、相手を負傷させるにいたらなかったときに成立する犯罪です。有形力の強度は問わないので、叱責の際に頬をたたく、注意するために肩を強くつかむといった行為も暴行罪に該当します。
暴行罪の法定刑は、2年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金または拘留もしくは科料です。 -
(2)傷害罪
傷害行為は、刑法第204条の「傷害罪」にあたります。傷害罪は、人の身体を傷害した場合に成立する犯罪です。基本的に、故意に暴行を加えた相手が負傷した場合に成立するので、体罰の「傷害行為」と同じ解釈だと考えても差し支えありません。
傷害罪の法定刑は、15年以下の懲役または50万円以下の罰金です。
なお、体罰によって児童・生徒にケガをさせてしまい、体罰における「傷害行為」にあたったとしても、ケガをさせるつもりまではなかったのだから「過失傷害罪」になるのではないかと考える方もいるでしょう。
過失傷害罪は刑法第209条に定められている犯罪で、法定刑は30万円以下の罰金または科料です。
もし、体罰に過失傷害罪が適用されれば、傷害罪より相当軽い刑罰となりますが、過失傷害罪における「過失」とは、暴行及び傷害の故意は無く、傷害の結果について過失があることを意味するため、体罰には傷害罪が適用されます。
たとえば、運動会の準備中にテントの骨組みを運んでいたところ、不注意で骨組みの土台部分が児童の顔面に接触してケガをさせたといったケースが考えられます。
このようなケースと異なり、体罰の結果として児童・生徒にケガをさせた場合は、暴行の故意があるので過失傷害罪ではなく、傷害罪が適用されます。 -
(3)強要罪
肉体的苦痛はあるものの、不法な有形力の行使が無いため、暴行罪が成立しないケースでは、刑法第223条1項の「強要罪」にあたる可能性があります。
強要罪は、生命・身体・自由・名誉・財産に対する危害の告知、または暴行を用いて、人に義務のないことをおこなわせた、または権利の行使を妨害した場合に成立する犯罪です。
たとえば、懲戒権の範囲を超えて長時間の正座や起立を続けさせることは強要罪にあたるでしょう。
法定刑は3年以下の懲役です。傷害罪より懲役刑の上限は低いものの、法定刑に罰金刑の定めが無いため、起訴されて有罪となれば懲役刑が科されます。
執行猶予となっても、前科としては「懲役」となるので、県や市の懲戒処分の指針に照らすと厳しい処分につながってしまうかもしれません。
4、刑事事件に発展しないためにするべき対策
明らかな体罰や、体罰を疑われる不適切な行為があった場合は、刑事事件に発展する事態を防ぐための対策が必須です。ただちに弁護士に相談してサポートを受けましょう。
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(1)被害者との示談交渉を尽くす
体罰に関するトラブルを穏便に解決するには、被害者との示談交渉を尽くす必要があります。児童・生徒が相手となる体罰では、保護者と交渉を進めることになるでしょう。
真摯(しんし)に謝罪したうえで、治療費などの賠償や精神的苦痛に対する慰謝料を含めた示談金を支払い、許しを求めます。示談が成立すれば被害届や刑事告訴の提出を取りやめてもらったり、すでに提出済みでも取り下げてもらえたりするので、事件化の回避が期待できるでしょう。
体罰に適用されるおそれのある犯罪は、いずれも「非親告罪」にあたるものなので、被害届や刑事告訴の取り下げがあったとしても、警察が独自に捜査を進めて、検察官が起訴することは可能です。
しかし、すでに加害者が被害者に対して謝罪と賠償を尽くしているという事実は、確実に有利な事情としてはたらきます。
そもそも、体罰が罪にあたるという点は「刑事責任」の問題であり、刑罰を受けて罪を償っても被害を受けた児童・生徒への賠償という「民事責任」は残ったままです。交渉を尽くして示談を成立させることは、刑事責任を避けるためという面だけでなく、積極的に民事責任を果たしたという面でも高く評価されます。
とはいえ、児童・生徒の保護者との示談交渉は容易ではありません。わが子を身体的・精神的に傷つけられたという保護者の怒りは強いので、加害者本人が交渉に臨んでも聞き入れてもらえないケースも多数です。
示談交渉を円滑に進めたいと考えるなら、対応を弁護士に一任したほうがよいでしょう。 -
(2)教育上の正当な行為であったことの証拠を集める
懲戒や正当行為など、体罰にあたらない正当な行為であったのに「体罰だ」と訴えられている状況なら、なぜ体罰にはあたらないのかを客観的に証明する必要があります。
教育現場におけるケーススタディーに照らしただけで「正当な行為だった」と主張しても、刑法に照らせば犯罪になるおそれもあるので要注意です。
あらゆる法律の立場から正当であることを証明する必要があり、個人での対応は難しいので、弁護士にサポートを求めることをおすすめします。
5、まとめ
「体罰」は、学校教育法によって禁止されているだけでなく、個別の行為に注目すれば刑法に定められている犯罪にあたります。児童・生徒や保護者から被害の訴えを受けたら、厳しい処分や刑罰を避けるためにも素早い解決が必要です。
とはいえ、実際に体罰にあたるのか、体罰にあたらないとしても犯罪になってしまうのかなど、個人では判断できない問題も多いので、弁護士のアドバイスやサポートは欠かせません。
体罰の責任を問われている、あるいは自身の日ごろの振る舞いが体罰にあたらないか不安を感じているといった方は、ベリーベスト法律事務所 奈良オフィスにご相談ください。
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